不幸な人に会った時、私は何をしたらいいだろうか?

keulefm / Pixabay

先日とある方がなくなり、
ショックを受けました。

でもそのショックの元は

三次元的に考えると
ちょっとどうよ?って感じですが

心が言っていたのは
『自分が死ぬのが怖い』
でした。

その翌日
(てっちゃん先生&仁美先生とは別の)
一番バリでお世話になっている方が
病気で倒れてしまいました。

会社関係の方なので
私も色々そのために対処する必要があって
精神的にかなりの打撃。

その上、
私は日本へ出発する日です。

このまま全てを置いて
自分だけ日本に帰ってもいいのか?
みんなに後ろ指さされるんじゃ?

が言ってます。

このまま私も不幸に巻き込まれるのか?

が怖がっています。

気持ちも重く、だるく、気分がすぐれません。

でも
ハッピーチョイスしなくちゃ!
こんな状況でも、
私にはハッピーチョイスする権利がある。
って私のどこかが言ってる。

仁美先生
『自分にハッピーチョイスしてあげないと誰がしてあげるのでしょうか。』

『その方は、自分にハッピーチョイスしてあげているのでしょうか。
今の結果は、当然(当たり前)の引き寄せです。』

『それでいいから、今までのチョイスをしてきたんだと思います』

以下
仁美先生の言葉をところどころ編集してお送りします。

日頃から耳を傾ける人傾けない人
日頃からハッピーチョイスしている人していない人
日頃から努力している人していない人

その結果が、
全てその人の今の現状を引き寄せている。

ハッピーチョイスを発信しているけど、
それを受け取れない人に対して、

仁美先生
『できる範囲で思いを伝えてできることをしてあげるしかないですね。
冷たいようだけど、それが真実。
必要以上にしてあげても感謝してもらえません』

『アドバイスしても聞き入れないのだったら助けようがないです
助けたいけど助けられない』

弟子: でもお世話になっている方だから、、、、ううっっ

『必要以上のことをしてあげて
後悔しない無償の愛だったらありですが
巻き込まれて自分のやるべきことが出来なくなってしまったら

自分の人生がかわいそうです』

『見捨てろと言っているのではなく、
相手に合った方法で対応すれば良いのではないでしょうか。
という意味ですよ^^』

ハッとしました。

私自身、どこかでそれを感じてたけど

なんか頭や心が
いい人ぶって可哀想な人を助けたい
自己犠牲したい、

そんな気持ちもあった。

でも? それでずーっと楽しみにしてた
私の計画を壊すの?
この人生を分ける2015年の決断の年、

私はハッピーチョイスしてなくて
不幸を引き当てた人に少しでも
人生の時間を分ける必要があるんだろうか、、、、

お前、すごく冷たい人だなぁと頭は言う。

でもそれが真実なんだ。。。。

誰よりも私は私にハッピーチョイス
してあげなくちゃいけない。。。。

でも、誰かが不幸になったことに合わせて
自分の人生を諦めることが頭にはよぎった。

しかも、体裁を考えて。

まだ少しそこに合わせてしまう
決意の弱さが私にはあったみたい。

人によって、
このチョイスは残酷と思われるかもしれませんが

勇気を持って、
仁美先生からいただいた
とても大切なこの感覚をシェアします。

こういう状況でたくさんの人が
自己犠牲していることが
地球上にあると思います。

可哀想な人に何かして、
自分を犠牲にすることは
ハッピーを呼ばないみたい。

自分を大切にして
自分をハッピーにすることをした人が

自分も他人もハッピーにできるようだ。
って再認識。

2015年
学びは続いていきます。

仁美先生、出会ってくださり、
私の胸がいたーいときに
大切な人生の時間を使って答えてくださり、
ありがとうございました。

このブログを読んだ方に
少しでもお役に立ちますように。

次回は感謝について、続編綴っていきます〜!

  • このエントリーをはてなブックマークに追加